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ある下水道課職員の一日 (2022/08/08)
第2話
マンホールカード×『芝浜』
作・那須 基
 うちの職場は比較的ホワイトで、お昼休みはしっかり1時間ある。地元の飲食店への配慮もあって、市役所全体で外食が推奨されているなか、僕は弁当派で、毎朝妻のエヌ子が、共働きで苦労をさせているにも関わらず甲斐がいしく作ってくれる。
 「ほう、エム君。今日のお弁当はまさしく玉子焼き弁当だね。何個の卵を使ったの?」
 またジー課長だ。確かにエヌ子は料理がそれほど得意ではなく、今日のお弁当はたっぷりの白いご飯に香ばしい玉子焼きが大量に乗っているシンプルなやつだった。
 「ええ。僕は玉子焼きが大好物ですので」
 持っていた割りばしを課長に投げつけようとするのを必死でこらえていると、背後からエー係長が鋭い声を発した。
 「課長! お昼休みに誰が何を食べようが自由です!」
 フォローありがとう、エーさん。そんな僕の心の声などお構いなしに、ジー課長はふんと鼻を鳴らすと、そのまま黙って部屋を出て行ってしまった。
                              *
 「あー、ジー課長、早く異動してくれないかな……」
 わがエクス市の人事異動は大体3年サイクルで、ジー課長にはまだたっぷり残余期間がある。市役所の場合、このサイクルが崩されるケースは非常に少ない。
 「いっそのこと、僕が仕事を辞めてやるか……」
 そんな非現実的なことを考えながらいつもの帰り道を歩いていると、ふと目の前に分厚いプラスチックのケースが落ちているのに気づいた。
 何気なく拾って中を開けてみると。
「マンホールカードだ! こんなに大量のカード、集めるの大変だろうな……」
 中から出てきたのはぎっしりと詰まった大量のマンホールカードだった。エクス市ではまだ作っていないが、隣のピー市では去年マンホールカードを作り、県外からも受け取りにくるなど結構な人気を博していると聞いている。
 「交番に届けなきゃ……でもその前に、ちょっと見せてもらっても良いかな」
思いもよらない出来事に戸惑っていると、いつものあれが起きた。
                              *
 僕は少し変わった体質があり、気持ちに変化があると「幽体離脱」が起きてしまうことがある。幽体離脱状態になると、僕は冷徹で極めて第三者的な考えを持ってしまい、いつもの僕とは違うタイプの人間になってしまう。
                              *
 ―――――まるで落語の『芝浜』だな。
 学生時代は落語研究会、いわゆるオチ研だったこともあり、こんな時の俺はクールに眉をひそめつつ、状況を落語に例えてしまうクセがある。
 『芝浜』は、浜辺で拾った大金を喜んで持ち帰った男の妻が、こっそり隠して夢だと言い張り、一生遊べると喜んだ男に冷や水を浴びせて真面目に働かせ続け、最後は全てを告白した妻に、男が感謝する人情噺だ。
 もし俺がこの拾ったマンホールカードを家に持ち帰ったらエヌ子は隠すどころか、すぐに交番に届けるように言うだろうな。俺も公務員として法を犯すわけにはいかないし、いくらマンホールカードは無料で配布されていると言っても、落とし主にとっては大切な品だろう。
                              *
 素直に交番にマンホールカードを届けた翌日。
 「おっ、エム君。今日はカレー弁当だね。奥さんの手作りカレー? 具は何かな?」
またジー課長が細かいちょっかいをかけてきた。
今日の愛妻弁当はたっぷりの白いご飯を入れた耐熱容器にレトルトカレーをかけただけのシンプルなやつで、職場の電子レンジで直接温めることができる優れものだ。
 「いえ。スーパーの特売で買った無名メーカーのレトルトカレーです」
と、僕が本当のことを言おうかどうか迷っていると、背後でエー係長が勢いよく立ち上がる気配を感じた。だが、その動きよりも一瞬早くジー課長は、
 「ピー市のマンホールカードは知ってる? ピー市で売り出し中の『下水道カレー』のデザインなんだ。マンホール蓋を皿に見立てた斬新さが人気らしい。うちの市でもマンホールカードを発行してみたいね」
 心なしか薄い笑顔を浮かべてそう言うと、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
                              *
 何に対しても常に後ろ向きな課長が「でもさぁ」とも言わずにマンホールカードを作りたいだなんて……。いつもと違うジー課長の振る舞いに、僕は、心の中で「エーさん、ありがとう」と感謝を捧げながら振り返り、何か言おうとした口の形のまま目を丸くして起立している不動のエー係長に言った。こんな場面では、幽体離脱状態じゃなくても、僕はサゲずにはいられないのだ。
 「今日はこのまま受け止めておこう。夢になるといけない」

【ちょっと一言】
 発行以来ずっと発行枚数を伸ばし続けているマンホールカードは、一般市民に向け、全国の下水道事業が同じ形式で製作するカード型のパンフレットとして、着実にファンを増やし社会に浸透していると思います。
 筆者もマンホールカードを個人的に収集しており、お気に入りのデザインは堺市のミュシャの絵が描かれたマンホール蓋です(笑)。
 筆者はマンホールカードの創設時から深く関わっており、現在も制作作業などに携わっている関係で、マンホールカードに対する思いは人並み以上のものがあります。これからも全国のマンホールカードのファンに愛され、全国の自治体にご理解をいただき、マンホールカードが下水道の重要な広報グッズとして広がりを見せてほしいと心から願っています!
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