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ある下水道課職員の一日 (2022/10/10)
第11話
防災訓練×『だくだく』
作・那須 基
 「課長! たった今、震度6強の地震が発生しました!」
 僕はエム補佐。エクス市下水道課で働く公務員だ。今日は年に1度の防災訓練ということで、エクス市では、事前のシナリオに沿ってあらかじめ決められている職員の役割に基づく行動をロールプレイするかたちで実施している。スタートの合図は、進行役でもある僕の「地震発生」宣言だ。
 「では訓練を始めます。まずは職員の家族の安否確認からお願いします」
 ジー課長が、緊張感のないのんびりした口調で最初の指示を出し、担当者が答える。
 「全員、本人および家族に異状ありません!」
 「では次に、下水道施設の被害状況の報告をお願いします」
 ジー課長は相変わらずのんびり口調だが、こちらはエー係長の担当だ。
 「管渠は現在調査中で、施設はエス下水処理場の場内送水管が1ヵ所外れましたが、その他躯体などへの被害は認められません!」
 エー係長が、いつもより幾分声を張って、ジー課長に報告した。課長と反りが合わないせいか、どこか刺々しく感じられるような……気がする。
                              *
 今回の防災訓練は、通常のイメージトレーニング型の図上訓練と若干異なり、アイデア豊富なビー建設部長の発案で、訓練自体を災害専門のコンサルに委託して実施している。昨年までは自分たちで経時的に変化する状況をイメージして、対応を取りまとめていく通常のやり方だったが、今年は、これもビー部長の発案で、専門のシナリオコントローラーを置き、想定シナリオ以外に、コントローラーから状況を変えたシナリオが提供される。
 「皆さん、よろしくお願いします。まずは、このまま今のシナリオに沿って復旧対策を立案してください」
 ジー課長に代わって、コントローラーが進行を務め、対策の立案を始めるよう促した。初めての試みなのだが、コントローラーを務めるコンサルは、事前にかなり準備したのだろう、淀みなく進行していった。
 「では、1回目のシナリオ追加です。『実際に現場を確認したところ、流入ゲートに異常があり、開閉操作ができないことが明らかになりました』新たに対応をお願いします」
 このように、事前に聞いていないシナリオが僕たちに提示され、それを元に応急復旧計画を立案することになるので、緊張感もあるし、言葉は悪いがやっていて面白い。
 「でもさぁ、流入ゲートなら閉まらなくても、しばらくは問題ないよな」
 ジー課長が、ぼそっとつぶやく。提案なのかボヤキなのか不明だが、ジー課長以外の職員にとっては、僕を含めて戸惑いはあるものの、訓練に向き合っているように感じる。
                              *
 その後も、コントローラーによるシナリオの追加は続き、その度に僕らは頭をフル回転させて、状況を整理し、実際に発生したら自分はどのように対応するのか、イメージし続け、やがて予定していた終了時刻が近づいてきた。
 「それでは時間が来ましたので、ここまでとします。お疲れさまでした。では、この後は今回の訓練を振り返って反省点などをまとめてください」
 司会役を兼務している僕は、頃合いを見計らって進行しようとしたその時、訓練を視察していたビー部長がおもむろに口を開いた。
 「一つシナリオを追加してほしい。急遽、大雨洪水警報が出され、流入ゲートが閉まらなければ、処理場が浸水するおそれがある。対応をお願いします」
 ジー課長への当てつけなのか、ビー部長はジー課長のボヤキ以外あまり議論されてこなかった流入ゲートの応急復旧を検討項目にあげた。
 「……以上が流入ゲートの緊急応急復旧対応となります」
 僕らは急いで、緊急点検、手動操作の確認、バイパス方法など考えうる検討を議論し、ビー部長に報告した。しかし、ビー部長が、
 「よろしい。ではもう一つ、当初は発見されなかったが、新たに地震で処理場内の作業員が大けがで動けないことが判明した。この新たな事態に対応しつつ、応急復旧計画を立案してください」
と続けてきたので、さすがにやり過ぎだろうと、僕は頭に血がのぼり、はずみで幽体離脱してしまった。この場合は通常は人命優先で、応急復旧どころではないはずだ。しかし、ビー部長のことだから、普通の対応だと満足しないに違いない。
                              *
 ―――――まるで落語の『だくだく』だな。
 『だくだく』の噺は、泥棒が手頃な家に入るところから始まる。その家の中は、豪華な家財道具が沢山あるが、すべて壁に貼った絵だ。泥棒は、せめて盗んだ気にでもなろうと、「まず箪笥を開けて風呂敷を広げ、高価な掛け軸、着物を包んだつもり」とやり出した。
 途中で目を覚ました家のあるじは、泥棒の一人芝居を面白いと見ていたが、そのうち例え絵でも盗まれるのは我慢ならないと、布団をぱっとはねのけ、「長押に掛けたる槍をしごいて、泥棒の脇腹をプツーと突いたつもり」と芝居に乗っかるのだ。
 防災訓練はある意味「つもり芝居」だが、ある程度は想定の枠内でやらないと、無駄な作業と等しくなってしまう。ビー部長はアイデアマンだが、これはやり過ぎで、せっかくの検討作業がムダ作業になってしまうではないか。
                              *
 幽体離脱中で半分無意識状態の俺は、ビー部長に向かって言った。
 「まずは人命優先で応急復旧作業をいったん中止します」
 「エム君。ケガ人の状況は想定してあるのか。まったくの軽症かもしれないだろう」
 ビー部長がそこまで言うからには、ここはしっかりサゲなければ俺としては終われない。
 「確認しています。血がだくだく出たつもり」
 俺は見逃さなかった。ビー部長がニヤリとするのを。

【ちょっと一言】
 いつ大きな災害が来るとも限らない状況で、リアルな想定を基にした訓練は非常に重要です。しかし一方で、中身の伴わないようなものでは訓練自体の意義が失われ、関係職員にとってはただの時間の無駄だと思われかねません。
 筆者も数知れないほど多くの防災訓練をやりましたが、真剣に実施できた例は少なく、大多数は訓練をやること自体に目的があり(笑)、実のある訓練はできなかったと感じています。
 専門の外部機関に委託して実施しているような例はほとんどないと思いますので、今回のお話は現実味に乏しいかもしれませんが、さまざまな工夫によって意味のある防災訓練につなげてほしいものだと思います。
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