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ある下水道課職員の一日 (2022/10/31)
第14話
施工管理×『初天神』
作・那須 基
 「へえええ、これが噂のドローンですか! 意外と大きいですね」
 ビー部長が感心した声で言った。僕はエム補佐。エクス市の下水道課で課長補佐をしている。エクス市では、下水道課や、施工管理を所管している土木監理課などの土木関係の部署は建設部に集約されている。建設部長のビーさんはとても優秀な人で、アイデアマンで新しいモノ好きの、一言で言えばスーパー公務員だ。
 「ビー部長。これからは現場の施工管理もドローンの時代でっせ!」
 なぜかユー社長は関西弁になって、熱っぽく語った。今日は地元の中堅建設会社のユー社長が、ビー部長の部屋に新型ドローンを持ち込んできて、その性能を説明しているところだ。ユー社長の会社は、中堅とは言えエクス市を本拠に事業を続けており、長く市に貢献してくれている。
 「いいねえ、うちでもドローンで施工管理やろうぜ!」
 ビー部長が調子よく言い出した。ユー社長によると、空中から立体的に撮影できるカメラを使って、管渠の開削工事や建屋の建築現場などで、1日の出来高ごとに進捗管理が可能であり、さらに定期的に巡視することで作業員の意識を高め、工事現場での事故を減らせる可能性も高いとのことだ。
 「もっと小型化できれば、管内の浸入水の点検もできまっせ!」
 またもやなぜか関西弁で、ユー社長が今度は僕のほうを見ながらまくしたてる。確かに小口径の管渠だと空気の乱れがひどくてドローンは飛行できなさそうだが、大口径の管渠なら気流も安定して管内飛行は可能かもしれない。
                              *
 「どうでっか、ビー部長。ドローン、試しに飛ばしてみます?」
 ユー社長は、そう言いながら、ドローンの操縦装置をビー部長に差し出した。
 「えっ、良いんですか、社長」
 ビー部長は破顔して、ユー社長の返事も待たずに操縦装置を受け取ると、早速ボタンやレバーをいじり始めた。
 「社長、電源入れてみてもいいですか?」
 さすがは新しいモノ好きのビー部長だ。やはり返事も聞かずにスイッチを入れてしまった。ヘルメットタイプのモニターが付いたゴーグルを頭からすっぽりとかぶる。目の前のモニターにはドローンのカメラから見た映像が転送され、その映像を見ながら、ドローンを操縦できるらしい。
 「おおお、こんな簡単にプロペラが回せるのか」
 ビー部長はこういう機械モノに対する勘が良いのだろう、早速プロペラを回しはじめ、少し機体が浮き始めた。
                              *
 「いったいどうしたんですか?!」
 その時、総務課長のアイさんが部長室に飛び込んできた。ドローンはプロペラを回すと結構特殊な大きな音が出るので、部長室の外に音が漏れたに違いない。
 「アイさん、どう? これで空中から現場管理ができたらすごいと思わないかい?」
 ビー部長はヘルメットを外すことなく、運転を続けながらアイ課長に答えた。
 「ドローンですか。照明にぶつけないよう気を付けてくださいね」
 アイ課長は音の正体がわかると、興味なさそうに部屋を出て行ってしまった。
                              *
 「部長さん。もうそろそろよろしいのとちゃいますか?」
 ユー社長はおそるおそる切り出した。それはそうだろう。もうかれこれ10分以上も運転し続けているのだ。しかし、
 「いやー、もう少しでテーブルの下をくぐれそうな気がするんだ」
 と、ビー部長はずっと挑戦しているテーブルくぐりをやめようとしない。僕らは邪魔にならないようにドア付近に追いやられて、ビー部長の操作するドローンを祈るように眺めているだけだ。
 「おっ、いいぞ、そのままそのまま……」
 ユー社長の引きつったような笑顔を無視するビー部長の独り言。そして、室内の全員が心を込めて成功するように願った瞬間、僕は幽体離脱してしまった。気が遠くなるような不思議な感触のまま、ドローンのプロペラ音もどこか遠くから聞こえるように感じ、何もかもが極めて他人ごとのような考えになっている。
                              *
 ―――――まるで落語の『初天神』だな。
 『初天神』は、親子の微笑ましいやり取りを描いた噺で、ある父親が息子を初天神に連れ出すところから始まる。初天神とは、天神様への初参りのことだ。この息子、とても口が立ち、ああ言えばこう言うタイプで、父親も本心では外へ連れ出したくはないのだ。
 親子で天神さんへ向かうと、大勢の初天神の人を当て込んで、いろいろな店が道の両側にズラリと軒を並べている。父親は安い飴玉しか子どもに与えないので、子どもは泣いたふりをしながら凧をねだり、凧屋の口車にも乗せられ、結局店で一番大きな凧を買ってやる。
 帰り道、子どもは凧を早速揚げてみたいと言い出す。見本を見せてやると言って、父親は自分で凧を揚げ始めるが、そのうち、自分のほうが凧揚げに夢中になってしまう。
 このビー部長の子どもじみた行動は、落語に出てくる父親とそっくりではないか。
                              *
 俺がそんなことをつらつらと考えていると、ビー部長がまた叫んだ。
 「あーーーっ、もうちょっとだったのに!」
 これが何度目の失敗だろう。テーブルの下は気流が不安定なのか、ドローンはまたもや失速して床に落ちてしまった。よし。この流れになれば、わざわざ俺がサゲるまでもないだろう。俺はじっとユー社長を見た。
 「ああ……こんなんやったら、ビー部長に持って来るんやなかった」
 期待どおり、ユー社長は泣き出しそうな声で自分でサゲてくれた。

【ちょっと一言】
 空飛ぶクルマが現実のものになりつつあるなど、ドローンを巡る技術開発は目を見張るものがありますよね。
 筆者も、実際にドローンを使った下水道の雨水ポンプ場の施工管理を目の当たりして、眉毛の唾をきれいに拭ったものでした。思っていたよりもずっとわかりやすい映像で、施工状況が一目でわかりますので、作業工程表による作業イメージをしっかりと補完してくれ、作業の状況が把握しやすいと思います。そのうち、アナログな作業工程表自体が、デジタルデータに取って代わられるのではないでしょうか。
 また、市民など下水道の専門家じゃなくても、上空からの映像を見ればある程度は理解しやすく、近隣住民への説明なども含めて、下水道のPRのうえでも非常に役立つのではないかと思います。
 この噺の初天神というのは、大阪の天満宮への初参りを描いています。ちなみに、大阪には「お初天神」という神社もありますが、こちらは人形浄瑠璃に絡んだ露天神社のことを指し、落語とは直接的に関係はありません。
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