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ある下水道課職員の一日 (2022/11/28)
第18話
特殊勤務手当×「創作落語」
作・那須 基
 「ゼット係長。今月の特殊勤務手当の申請をお願いします」
 僕がいつものように机でPC作業をしていると、部下のケー君が上司のゼット係長に決裁を上げる声が聞こえてきた。僕はエム補佐。ここエクス市で下水道課の公務員として働いている。
 エクス市では、他の自治体と同じように、下水道関係の職員には特殊勤務手当が支給されることになっている。正直に言えば、本当に微々たる金額で、命の代償と言うと大げさだが、危険な業務の見返りという割には少ない金額と言えると思う。
 「あれ、ここ間違ってない?」
 ケー君の提出した申請書に目をやるや否や、ゼット係長は素早く指摘した。
 「えっ、すみません。でも先月と同じなんですが……」
 ケー君は少し動揺したようすで、ゼット係長に釈明した。
 「それじゃあ先月も間違ってたんじゃない? なんでおかしいと思わなかったの?」
 ゼット係長はぶっきらぼうに申請書をケー君に返した。
 「はい、すみません……」
 ケー君は申し訳なさそうに、差し戻された書類を受け取った。
                              *
 「ケー君。さっきの申請書、ちょっと見せてくれる?」
 ゼット係長が席を外した隙を狙って、僕はケー君に声をかけた。
 「なるほど。これ合ってるよ。今年から手当の日数の数え方が変わったからね」
 僕は、受け取った申請書を見て言った。
 「ですよね。僕も確かそうだと思ったんですけど……」
 怖くて言えなかった、と続けたかったのだろう。押し黙ってしまったケー君に、僕はこう言って背中を押した。
 「大丈夫だから、もう一度決裁を上げてごらん」
                              *
 「んー。ん? あー、そっか。……ったく、総務課もちゃんとわかるように周知しろよな」
 改めて決裁を上げたケー君に対して、ゼット係長は誰にともなく毒づくと、今度はケー君に向かって噛み付いた。
 「で、いつ気づいたの? なんでさっき言わなかったの?」
 ケー君は黙って下を向いている。自分が労務管理について勘違いしていたことを棚上げにするのもどうかと思うが、部下に苛立ちをぶつけるのは僕も看過できない。
 「ゼット係長。さすがにその言い方はないでしょう」
 僕がそう口を挟もうと顔を上げた瞬間、向かいの席からエー係長が声をかけた。
 「ケー君。特殊勤務手当って安いから、つい申請を忘れちゃうよね?」
                              *
 「はい。あ、いえ、それでも自分には貴重な手当ですから」
 思いがけない方向からの援護射撃に、ケー君は若干動揺して答えた。
 「あたしなんか、現場に出ない月はランチ代にもならないし」
 エー係長は場の緊張を解くかのように優しく言って微笑んだ。せっかくエー係長が場の悪い流れを止めてくれたのだ。僕もどうにかして、これに乗らない手はない。
 「ケー君は最初から正しかった。間違っていたのはゼット係長でしょう!」
 僕が、そう声を荒らげて言おうとした途端、つい幽体離脱してしまった。なるべく冷静に場の流れを壊さないようにするつもりだったが、どうしても僕の心のどこかで、幽体離脱してしまうほど、怒りのような複雑な感情が大きくうねったのだろう。
                              *
 ―――――思い出せない。
 俺は幽体離脱状態になると、周りの状況が俯瞰的に見えるようになり、そして状況を古典落語に例えてしまうクセがあるが、今回もまたゼット係長を言い表す適当な古典落語を思い出せなかった。たしか、この間聞いた新作の創作落語に、こんな感じの噺があったような気がするが……。
 しかし、俺は別の話を思い出していた。昔、エー係長が係員時代の頃、上司がパワハラ気質だったため、上司に対抗して課内で「被害者の会」を作ったところ、あまりにも皆が熱心に参加するので、ものすごく強い仲間意識が醸成されたそうだ。
 人間関係は、ちょっとした言い方ひとつで大きく変わる。ゼット係長も、強い言い方をやめて、相手に少し気遣うような言葉を使うのも大事だが、その前にお礼を言うだけでも全然違うと思う。部下に用事を頼んで、用事が済んだらありがとうとか、サンキューくらい言ってやればいいのだ。
                              *
 取り止めのない思考状態から、はっと我に帰った俺は、ゼット係長に向かって言った。
 「金額の問題ではない」
 しまった。つい言ってしまったが、これでは、せっかく助け舟を出してくれたエー係長までまとめて否定してしまうではないか。早くサゲて話を切り上げたいところだが、肝心の落語が思い出せないので、俺もどうすれば良いかわからない。仕方なく俺は動揺しながら、ドスの利いた低い声で言った。何とかしてサゲなければ、俺の中では終われないのだ。
 「手当を気安く考えないでくれ」

【ちょっと一言】
 全国の公務員のなかでも、特殊勤務手当を支給された経験のある下水道関係職員は減ってきているかもしれません。下水道関係職員は、必要があれば下水管の中に入り、病原菌や硫化水素、薬品などに触れる危険を冒さなければならないため、そのような業務に携わった職員に支給されるのが特殊勤務手当です。
 昔は、直営で施設を管理するケースが多かったので、他の公務員の業務と比べて圧倒的に危険を伴う業務が多かったと思います。施設の管理委託が進んだ現在では、昔ほど危険度は高くないですが、それでもたまに下水管の中に入ることもあるので、他の職員と比較して給与上の一定の配慮は必要だと思います。筆者も、下水管の中は確かに危ないので、できれば入りたくないし、手当目当てで何度も入りたいとは思いません(笑)。
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