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ある下水道課職員の一日 (2022/08/22)
第4話
ミス日本×『子ほめ』
作・那須 基
 「どんどん飲んでくれ、今日は僕のおごりだ。ジェイ君、職場には慣れたかい?」
 時代錯誤と誹りを受けるかもしれないが、わがエクス市下水道課は昔ながらの飲み会文化が残っており、地元の飲食店の活性化のためと言い訳しつつ、僕自身も結構飲み会自体が好きだ。もちろん相手を見て、無理強いするようなことはしないが、今夜のようにさしで飲むことも厭わない。
 「エー係長は美人で仕事も早いし、今回僕は下水道を初めて担当しますが、楽しいっす、エムさん!」
 ジェイ君は、僕のラインでエー係長の部下、入庁4年目の期待の若手係員だ。課長補佐の僕としては、課の円滑な業務運営のため、こうして部下の者からもフランクに意見を聞かなくてはならない。
                              *
 「ジェイ君は、エーさんとはうまくやれているのか。ほかのメンバーはどうだい?」
 「エムさん。あの課長は何とかならないんですか? エー係長も、いつも課長に怒ってるし、自分も横で見ていてムカつくことがありますよ」
 しまった。課長の話になると、みんなこうなってしまい、話がいつも愚痴っぽくなる。話題を変えよう。
 「確かにそうだな。ところでエーさんは、後輩の面倒見が良いとか、積極的とか前向きとか、内面的な部分はどうだ?」
 「内面よりやっぱ見た目っすよ! 係長の割に若く見えるし、エムさんならエーさんの本当の年がいくつか、知ってるんでしょう?」
 「ジェイ君。他人を年齢や見た目でどうこういうのは良くないが、ここだけの話……」
 ……本当のことを教えられる訳がないだろう! 僕は部下からのため口くらいで怒るタイプではないが、心の中でジェイ君の女性や上司に対する態度について辛めの点を付けた。
 「マジっすか?! 全然そんな歳に見えませんね!! ちなみに独身ですよね?」
 こっちこそマジか? 五つも年下にサバを読んだのに。しかし、個人情報をこれ以上漏らす訳にはいかない。
                              *
 「そんなことにまで興味があるのかい? しかしジェイ君の年齢からすれば、ミス日本の水の天使とか、そちらのほうに興味があるんじゃないのかい?」
 「ミス日本? 下水道となんか関係があるんすか?」
 なるほど、まあ下水道課に来たばかりだから仕方がないか。僕はミス日本と下水道との関わりについて教えてあげた。
 「へえええ。いつか会ってみたいものっす。でも女性は年上のほうが好みなんすよね!」
 うーむ。なかなかエーさんの話題が逸れない。
 「ちなみに、僕はいくつに見える?」
 「エムさんすか? まあ見たままと言うか」
 まったく気乗りがしないようすを丸出しにするジェイ君に、僕は苦笑いを浮かべて言った。
 「案外年齢をほめることは大事だよ。30歳に見えたら25、40なら35という感じかな」
 ほかにこんな言い方もある。女性なら35、男性でも45に見えたら厄そこそこ……そう言いかけた途端、酒に酔ったせいだろうか、それほど感情の高ぶりはないのにあれが来た。
                              *
 あれ、とは「幽体離脱」だ。
 僕は少し変わった体質で、幽体離脱状態になると、冷徹で極めて第三者的な考えを持ってしまい、いつもの僕とは違う人間になってしまう。ついでに、学生時代はオチ研だったので、状況を落語に例えてしまうクセがある。
                              *
 ―――――まるで落語の『子ほめ』だな。
 『子ほめ』とは、長屋の隠居にただ酒を飲むにはどうしたらよいか尋ねた男が、人をほめておごってもらうと良いと聞いてほめ方を教わり、ほめて回るがなかなか酒にありつけない。しまいには、友人の生まれたての赤子を見た目より若くほめようとして失敗する噺だ。
 栴檀(せんだん)は双葉より芳し、蛇は寸にしてその武威を顕わす。ジェイ君は今どきの若者だが優秀で仕事もできるし、将来は市を背負って立つべき人間だ。育ってきた環境も全然違う俺の若い頃と比べてはいけないが、他人のことを年齢や見た目だけで評価する態度は少し変えてもらわないと、『子ほめ』の男のように最後は失敗してしまうだろう。
                              *
 「要するに見た目の5歳若く言えば良いってことっすね!」
 すっかり変わった俺のようすに気づかないジェイ君に向かって、「ちっ、くだらねぇな」と心の中で毒づき、ドスの利いた低い声で俺は言った。
 「はっきり言えば、性別も年齢も仕事には関係ない。ジェイ君もそんなこと気にしちゃいけない」
 俺の声のトーンの変化に少し戸惑うジェイ君だが、俺は続けて言った。ここまできたら、俺はサゲずにはいられない。
 「第一、その手は赤ちゃんには使えないだろう」

【ちょっと一言】
 ミス日本は、競技スポーツなどと同様に自己研鑽を主な目的に行われており、メディアなどさまざまな分野で社会参加し活躍する女性を、数十年に渡って輩出しています。
 ミス日本の審査基準は見た目の美しさではなく「内面の美」「外見の美」「行動の美」の三つを磨き、備えることで、他者の行動を変容させることが可能な魅力を身につけることを前提に作られており、いわゆるルッキズムとは一線を画しています。
 実は筆者は、臭いとか汚いというイメージの下水道が、実際は水環境を保全し、市民生活を支える重要な役割を果たしているところは、まさに外見だけにとらわれない真の下水道の価値であり、ミス日本とも共有できると思っています! 筆者は、女性の真の社会進出を願う一人として、そのようなコラボは積極的に応援していきたいと考えています。
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