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ある下水道課職員の一日 (2022/10/03)
第10話
地元業者×『野ざらし』
作・那須 基
 「いやエムさん、本当にでっかい魚が釣れるんだって!」
 ここはエクス市役所下水道課の打合わせスペースの一角。どっかりと座り込んだ地元の中堅建設会社のユー社長は、口角泡を飛ばしてまくし立てた。
 「僕はまったく釣りはやらないので……。でもその川の上流にはうちのエス下水処理場がありますから、魚にとっては水温も栄養も恵まれているでしょうね」
 まだ勤務時間内だが、雑談に軽く付き合うくらいは仕方がない。エクス市の下水道課にとって、地元の建設業者との適切な関係は何かと大事で、これも仕事のうちだろう。
 「それでな、こないだも釣りに行ったのさ。なんか大物が来たかと思ったら、細い棒みたいなものが釣れてきて、これがよく見たら骨よ」
 「えっ! ま、まさか人間の骨ですか?」
 「いやいや。最初はワシも驚いたけど、たぶん馬か何かの動物の骨だな。一応警察に届けておいたけど、まだ警察からは何の連絡も来ていないからな。それが実はな」
 ユー社長は、急に声をひそめて言った。
 「実は、その棒切れに重そうな金のネックレスが絡まっていてな、だからワシも警察に届けたんだ。落とし主が見つからなければ、そっくりワシのものよ」
 ユー社長は、金色の前歯を見せながらニヤリとした。
                              *
 ユー社長の会社は、中堅とはいえエクス市を本拠に長く事業を続けており、市内の建設業者の組合では常に役員クラスに名を連ねている。業績も評判も悪くなく、ユー社長の弟は市議会議員にもなっている。
 「この話を、こないだジー課長さんにもしたんだ。そしたらたぶんな」
 ユー社長は、今にも吹き出しそうな顔で、僕の顔を見た。
 「たぶん、ジー課長さんは、昨日そこへ釣りに行ったらしい!」
 「ええっ! だって、ジー課長は今朝から具合が悪いとかでお休みなんですよ」
 まさかジー課長、せこいから別のネックレスを釣りに行ったんじゃないだろうな……。ジー課長は細かくてせこいうえに、一言で言えば上の人間しか見ていないヒラメタイプだ。弟の議員を持ち上げる時の雑談のネタにもなるからと、エス下水処理場の下流の状況視察と称してわざわざ釣りに出掛けたのかもしれない。
 「ワシの釣り友達が偶然見たんだ。滑って川に落ちて、周りの人に助けられていたのが、ジー課長さんだったそうだ。まだ寒いし、もしかしたら気の毒に、風邪でも引いたんじゃないのか」
 なるほど。いつもなら休暇の理由を、こっちが引くくらい細かく説明するジー課長が、一言メールで「本日休みます」だったので、確かに少し違和感はあった。
 「いやあ、そんな話があったんですか。さすがユー社長、耳が早いというか、何でもよくご存じですね」
 ユー社長にそう言いかけた途端、軽くショックを受けた僕に、いつもの「幽体離脱」が襲ってきた。
                              *
 ―――――まるで落語の『野ざらし』だな。
 幽体離脱状態になり、冷徹で客観的になった俺は、『野ざらし』の噺を思い出していた。『野ざらし』とは、釣りに行った際に野ざらしの髑髏を見つけ、これを供養してやるとその夜に若い女の幽霊がお礼に来た、という隣人の話を聞きつけた男が、自分も釣りに行く滑稽噺だ。
 歌いながら若い女の妄想をして釣り糸を垂らし、自分の鼻に釣り針を引っかけてしまう小ネタもあるが、やがて遠くで時を告げる鐘が鳴ったころ、葦の間で見つけた髑髏に手持ちの酒をかけたところ、それを見ていた悪い幇間(たいこ)が、女目当てのその男を強請ろうと男の家に訪れてしまい、男はすっかり当てが外れてしまう。幇間とは、宴席で客の座興をとりもつ男を指し、客の機嫌を損ねないよう場を盛り上げるのが仕事だ。
                              *
 「まあ、そんなにうまい話が二度もあるとは思えんね。ジー課長さんもさぞ懲りたことだろう」
 やれやれという表情で席を立とうとするユー社長に向かって、小さく「あー、くだらねぇ」とつぶやくと、俺はドスの利いた低い声で言った。ここでサゲなければ、俺のなかでは終われない。
 「そうですな。課長は太鼓持ちが似合いだから」

【ちょっと一言】
 地域の建設業界を支える重要な公共事業である下水道は、下水管の布設や道路の舗装、宅内工事やリフォームなど関連工事を含めると、多くの自治体においてかなりの経済活動に寄与しています。
 自治体にとっては、地元の建設業者との関係は重要で、もちろん不適切な関係を持ってはいけませんが、必要な意見交換を図ることで事業を円滑に進められる場合もあると思います。筆者の経験でも、業者が住民とのトラブルになり、筆者が現場で仲裁をして感謝された(当然、現金などの謝礼は一切ありません。以下同様)とか、逆に発注の際の積算に大きなミスがあり、それを夜中に電話で教えてもらい、急遽発注を止めて何とか事なきを得たとか、災害時に機材の支援や現場の点検などを率先してやってもらったとか、本当に枚挙にいとまがありません。
 ちなみに、下水処理場の放流水は水温が高く、栄養分も豊富で昆虫の幼生などのエサも多いので、放流口近くの魚が丸々と太っているケースが多いのは、統計上の分析は知りませんが、おそらく間違いないと思います。
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